| 四万の霊湯は、平安時代の初期、延暦年間に征夷大将軍坂上田村麻呂が東夷 |
| 征伐の際、この地を訪れた時源泉を発見し湯宿を設けたのが始まりとも言われて |
| います。その四万の名は源頼光の家来で四天王の一人である塩谷日向守定光 |
| が、たまたま四万山中
に入り、夜の宿を乞う家 もないまま道傍の石に腰をおろし |
| てウトウトと眠りに入ると、鈴がころがるような澄んだ読経の声が聞こえ、定光の前 |
| に一人の童子が現れたと言います。その童子がいうに「私はこの土地の山神であ |
| る、お前の心の誠に感じ、四万の病気を治す温泉を与える」といって”御夢想の |
| 湯”といわれています。また、定光に童子が「四万の病気を治す」と告げたところか |
| ら「四万」の名が生まれたと伝われています。 |
| 四万温泉は戦国大名にも愛され関東管領だった上杉憲政が度々利用した他、そ |
| の後領主となった真田昌幸も積極的に四万温泉の整備に力を入れています。 |
| その際、四万温泉の湯守に命じられたのが田村彦左衛門で四万温泉に最初の湯 |
| 宿を開いたとされる祖父の代から温泉開発に尽力を尽くしています。 |
| 江戸時代中期になるとさらに開発が進み元禄4年(1691)には関善兵衛が湯場 |
| と宿を作り、積善館の祖を築いています。 |
| 明治時代以降は一時衰退しましたがその後の整備により多くの湯治客で賑ってい |
| ます。今では「四万の湯けむり」の歌にも歌われ、映画「天国の駅」(主演:吉永小 |
| 百合)の舞台にもなり又、山あいの秘湯として多くのテレビ取材で日本全国広く知 |
| れ渡りました。 |